自分の強みを見つけるために、考える事

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自分の本当にやりたいことはなんですか

 

ここ最近、ずっと考えていることがあります。

 

本当に自分がやりたいことってなんだろうか。

25歳で結婚して、27歳で長男を出産して以来、好むと好まざるにかかわらず、子育て中心の生活を送ってきました。かれこれ23年。その間三男一女をなんとか育て、この3月で末っ子の娘が小学校を卒業します。ようやく「子どもの身の周りの世話」という面では、わたしも子育て卒業と言えるかもしれません。もちろんこれからややこしい中学時代を経て、進学だ、就職だと悩ましい日々がやってくるのはわかっていますが。

 

しかし、一日の大半を子どもの世話に追われ、自分の事は二の次、三の次にまわしてなんとか暮らしていたころに比べれば、ずいぶん自分の時間がとれるようになってきました。(と言うより、大半自分の時間になった。)

 

まだ学生ではありますが、すでに長男、次男は家を出て暮らしています。高校を卒業して家を出るときに、「これから先、うちに帰って生活することはまかりならん。」と言い渡してあるので、もう家に帰ってくることはないでしょう。

同じように、今はまだ家にいる三男、長女も数年したら家を出て行くはずです。

もう、子育ての終わりは見えています。

では、子供達がいなくなった後、私はどうやって生きて行くのか。

 

いつのまにか、自分のことが見えなくなっていた。

 

子育て時代は、思い通りにならないことの連続。

それまで、自分の体と時間は自分のためだけに使っていられたのに、子供が生まれた瞬間から、一切自分のために使える時間がなくなってしまった。

親元からも遠く離れた土地での子育てだったので、息抜きをする暇もなく、育児ノイローゼ一歩手前の状態にまでなりました。一つ間違えば、泣きわめく我が子をベランダから落としていたかもしれない。

その中で、自分の精神を正常に保っておくために身につけた技が

 

「自分の欲求をなかったことにする」

 

でした。

 

「私はこうしたい!」と思っても、子供の存在がそれを許さない。それで子供をうっとうしく思うくらいだったら、最初から自分が何かをしたいと思わなければいいわけです。

結構これが私にとっては有効な方法でして、この技を身につけてから子育て中の葛藤が少なくなりました。

 

でもね〜、これが今、じわじわと効いてきてるんですよ。

 

20年も自分の欲求を押さえつけてたら、自分が何をしたいのかわからなくなってしまってねえ。

 

ようやく自分の体と時間を自分のためだけに使える時が来たと言うのに、何をしたらいいのかわからないんですよ。

 

困りました。

 

自分が本当に何がしたいのかわからないんです。

 

自分の強みをもう一度見つけるために。

 

「何かしたい!」と言う気持ちはいっぱいあるんです。

 

高校生の頃、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んで、体中の血が湧き立つような感動を覚えて以来、

「私は龍馬のように何事か為す人物になるんだ!」と根拠なく思ってきました。

 

 

「私の活躍する舞台は、きっと海外にあるんだ」と思って、留学を画策したこともあります。

一度は仕事を辞めて、海外に行く手続きをする一歩手前まで行きましたが、そのタイミングで、当時5年ほど付き合っていた夫に「そんなことなら俺は待つつもりはない。」と断言され、あっさり結婚。

以来、子育てに明け暮れ教育費の算段に右往左往し現在に至っています。

 

いつ、私は何事かを為したらいいんでしょうか。

 

…今からじゃない?

 

今からでも遅くないじゃない?

(だって、あと40年あるんだよ)

 

何ができるかわからないけど、何かできるはず。

いくら子育てで忙しかったと言ったって、無駄に23年過ごしていたわけじゃないからね。

亀の甲より年の功。

 

何が自分にできるのか、それを見つけるために、まずは自分の強みを見つけることが大切ですよね。

 

て言うか。

 

自分は一体何者なのか。

何が好きで、何をしている時が幸せで、何が得意で、何が嫌いなのか。

みんな、わかってるのかなあ。

 

自分のことが一番見えていないのかも

 

人のことならね、よく見えるんです。

彼女、こんないいところがあるんだから、こう言うことしたら伸びるのに。とか

彼と彼を組み合わせたら、こんなことができて、面白くなるなあ。とか。

 

でも、それを本人に言っても、「何のこと?」「そんなことないよ〜」って言われることがほとんど。

「そやろ、私これができるからこうしたらいいと思ってた。」と言われることはまずないでしょう。

 

みんな、自分のことはあんまり、と言うか全然わかってないですよね。

もちろん私も。

 

何が得意かって言うのは、目で見てわかることなら認識しているとしても、

性格的なことだったりしたら、まずわからない。

 

子供の頃のことを思い返して、「茶々郎ちゃんは、〜〜がいいね」なんて褒めてもらったことを集めてみるけど、「優しい」とか「思いやりがある」とか「よく気がきく」なんていうわかりやすい褒め言葉じゃない場合は、言われた方としても「本当に褒められてんのか?」って半信半疑になるんよね。

 

なんか、自己否定が先に立ってしまって、自分の強みの発見を阻害している気がする。

 

このところず〜っと、自分の強みは何か、自分とは何者かを考え続けているけど、絞り出してきた自分の強みと思われるものも、「ほんまにこれ、強みか?」と否定したくなります。

 

結構、自分に対して否定的なことを書いてるかもしれませんが、どっちかって言うと私は自分が好きな方です。なのに、自分の強みが「これだ」と断定できない。「これかも」と思っても、その輪郭はふわふわしてつかみどころがない。「こんなことは強みではない」と否定してしまう。

 

もしかすると、もっともっとバカみたいに自分のことを「大好き!」と思わないと、ダメなんでしょうか。

丸ごと自分を肯定できないと、強みなんて見つけられないんでしょうかね。

 

ああ、それなら今、無理くり強みを搾り出そうとせずに、思考の方向を変えればいいわけです。

 

「私って最高!」「私やるやん!」と日々自分に向かって言っていたら、間違いなく自分がもっと好きになるし、自信が付いてきますから。自分のどんなところが好きか、どんなところがすごいと思うのかを探って行ったら、それが強みの発見に繋がるはずです。

 

明るい50代を過ごすために、今立ち止まる

 

子供の手も離れたし、自分の時間も持てるようになってきた。

夫は数年したら定年。私の仕事もあと数年したら退職してのんびり過ごしたいなあ。

 

老後は、孫の面倒を見ながら、時々旅行に行ったりしてのんびり過ごそう。

 

老後のイメージってこんな感じ?

 

特に何も考えなければ、おそらくこのような老後を過ごすことになるでしょう。

でも、その老後、数十年続くんですよね。

のんびり過ごすのも限度があるっちゅうのよ。

 

もちろん、体が弱ってしまったら、のんびりしたくなくてもベッドに縛り付けられる状態になっちゃうけど。(それを防ぐためのスクワットだからね!毎日やるよ!)

 

私はまだまだもうひと花、ふた花咲かせるつもりです。

 

もう50年生きてきたし、それなりの経験もあるし、そんなにつっぱらなくてもそれなりに幸せな人生は送れるでしょう。

でも、それじゃあ足りない。

 

子供たちとドタバタで過ごしたこれまでの人生、とても幸せだったけど、夫と二人、もっともっと楽しく幸せな人生を送りたいし、送るつもりです。いえ、送ります。

そのために、やらなくていい自分探しをするのです。

こうやってブログにだらだら自分語りするのも、その一環ですね。

 

さあ、まずは

「私って最高!」「そうやろ?そう思ってた!」

 

 

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管理人:茶々郎

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